まだまだ寒い日が続きます。
福岡も雪が積もりました。

雪

仕事を終えいつものように深夜に帰ろうとした所外に出るとこんな状態(゚∇゚ ;)エッ!?
夕方宅配業者が定期集荷に来たときは雨も降ってなかったのに・・・

いつもとは違う状況になった時人は家に帰ろうと思うようで、何も考えずに車に乗ってエンジンをかけ、エンジンがかかる事にホッとするぐらいで、すぐに発進させました。

が、しかし・・・
前が見えんやん(笑)
こんだけ積もってたらワイパー動くわけないんです。考えれば分かるんです。

でも、普段こんなに積もる事がない福岡では多少の雪はワイパーで蹴散らせます。
「いつもの習慣・いつもの感覚」
怖いですね。。。
すぐにバックして雪を溶かしました(*´Д`*)

【エルメススェードジャケット】の摩耗による毛羽立ち
小野1ブログ

スェードは使用していくうちに摩擦で毛羽が荒くなったりします。クリーニングに出したら毛羽が荒くなったというケースもあります。
元々1体の動物から採取した革だけを使って洋服を作るわけではないので、ジャケットやコートはパーツごとに毛羽の荒さは違ったりもします。
靴などでもパーツによって毛羽が最初から違うというのはよくありますが、元々の荒くなかったものが荒くなってしまった場合はある程度補修することは可能です。

「スェードはブラッシングをしてください。」
このように言われ販売されている物ですので、使用中の摩擦で毛羽が荒くなってきたものに対してもブラッシングを一生懸命される方がいらっしゃいますが、ブラッシング自体が摩擦ですのでしすぎもよくありません。

小野2ブログ

スェードは毛羽が整うだけで見違えるくらいきれいに見えたりします。
これはクリーニングではなく毛羽補修という施術になります。



先日両親の還暦のお祝いをやりました。
僕の歳で親が還暦だって言うと若い時の子供なんだねって言われます。
お祝いのプレゼント6つもあったけどその中の似顔絵↓


還暦





(ここからはチキンライスを聞きながら読んでください)

両親は共働きで子供3人を育ててくれた
保育園の迎えは親戚のおばあちゃん。
約2キロの道のりをテクテク歩いて帰っていた。
(今は500メートルでも車で迎えに行く親がいるらしい)
お風呂に入れてくれてたのはおじいちゃん。
親父と風呂に入った記憶はほとんどない(笑)

トイレは汲み取り式(通称ボットン)の昔の家だった。
電話は昔お菓子屋だったみたいでそのなごりから、赤い公衆電話が置いてあった。
テレビは19インチのブラウン管。ガチャガチャチャンネルを回すやつ。
部屋は2階の2部屋を両親と子供達で分け合って使っていた。
一番下の妹が僕と同じ月に生まれてからは「誕生日のケーキは妹と一緒でいいよ」と母に告げたのが小学校5年生。
妹の生まれた日がいつの間にか僕の誕生日になっていた。
僕も親に気を使ってたのかもしれない。

僕が高3の3学期に家を新築したけど、高3の3学期なんて家にいなかったから、新しい家の記憶が僕だけない( ・Д・)
それからすぐに東京に出て地元を離れたので、今も実家に帰るたびに、ここで育ったという実感があまりなかったりする。
東京に出て初めてのボーナスをもらった時、妹たちの為に実家に子機付き電話を買ってあげたのを思い出す。
自分の部屋で長電話をするのが高校時代の憧れだったから。
今の中高校生に理解できるかな?

3時のおやつやおこずかいはあったようななかったような。。。
そういうのってあまり記憶に残らないってことはたいして必要だと思わなかったからだろう。

その当時はそれが苦でなかった。
それ以外は何不自由なく過ごせていたからかもしれない。
周りと比べればきりがないけど、普通だと思ってた部分もあるし、今思えばそういう時代だった。

どういう因果が僕も親と同じように1つ下の嫁さんをもらい。子供3人を育てている。
高3の時に建てた実家も昨年リフォームされ、また一段ときれいになった。
僕の部屋は客間になっていた。
今は46インチの大きなテレビが置かれ、リビングのどこにいてもテレビが見れる。

19インチの小さいテレビの前に家族5人が寄り添って見てたあの記憶が僕の脳裏から離れない。
どんなに部屋が広くなっても、テレビが大きくなっても・・・あれが僕の中の家族像であることには変わりない。

「やっぱり僕はボットン便所がいいや〜♪」ってことはさすがにないけどね(*´ェ`*)


父親も母親も現役バリバリで働いているから、体に気を付けて長生きしてほしいです。
僕はこの二人の子供で生まれてよかったと思っている。