5年前から会いたかった同級生がいる。
名前は 「大場義徳」 小学校時の友人。

数年前の同窓会で大場の実家に電話して連絡先を聞こうとした時
「そんな子はいない」と電話を切られた時からずっと気になっていた。

子供達が小学生に上がり、自分の小学生時代を思い出して比べてみる事は親なら誰でもあると思う。
そんな時僕の記憶の中にはいつも大場がいる。
以前このブログでも小学校の凱旋公演の依頼が来た時に大場の話を書いたけど
小学生時代の記憶となると高学年に一緒につるんでいた仲間との思い出がほとんどだったりする。

彼は当時からマンガが得意で休み時間にすらすらマンガを描いてみんなの人気者だった。
慢性鼻炎なのかいつも鼻をシュルシュルさせていたのを覚えている。
どうしていつも一緒にいたのか分からないけど、いつの間にか何をするにも一緒にいるようになってた。
みんなの意表をついて笑わせたり楽しませたりする事とか、人と違う事を探したり見つけたりする所とかが似てたのかもしれない。

彼の発言はどこか大人びていて、当時の僕の理解を超えていた。
今でもはっきり覚えているけど
「学校でみんな同じように国語や算数を習うけど、同じ事をみんなと同じだけ時間をかけるより、他の事はやらないで1つの事をずっとやっていった方が将来役に立つと思うんだよね」みたいな会話だったり、今思い出しても小学校5年生の言う言葉じゃない(笑)

中学に入ってなぜか彼はどちらかと言うと陰キャラになってしまい、いつの間にか話もしない間柄になって四半世紀経つ。
大人になって小学生自体を振り返った時、彼との会話なんかを思い出してずっと何してんだろ会いたいなって思って、同級生に会うたびに大場の連絡先知らない?って聞いてたのに・・・
僕の住んでる所の近くでずっと病と闘ってたなんて夢にも思わなかった。

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大場へ
25年ぶりぐらいに見た大場の顔は小学生自体のかわいい顔からはかなり違っていたよ。
闘病生活中に俺のブログを読んでくれて、「しんちゃん頑張ってんだよ」って自分の事のように言ってたっておばちゃんに聞かされた時は涙があふれたさ。
俺たちはあれだけ小学生の頃から皆と違う事で目立ってきたわけで、お互い画一的な生き方はできないよな。「就職してもかなり変わりもんだったみたいですよ。」って聞いた時似てるなってほっとしてる自分がいたよ(笑)

俺が実家に電話した時そばいにて「こんな状態じゃ会えない」って家族の人にいないって言ってもらってたなんて
ほんと大場らしいな。。。
色んな病院を回って最後は九大病院にいたなんて僕の住んでる所からすぐなんだけど・・・
大場がどんな状態であったとしても、俺は会いたかったって言うのが正直な気持ち。

何十年ぶりか卒業アルバムを実家から取り寄せて開いたよ
生徒会に立候補した時に大場が書いてくれた僕のポスターも写ってた。
クラブ活動の写真も、遠足の写真も、修学旅行の写真も、委員会活動の写真も全て俺の隣には大場がいる事に改めて驚いてる。

大場



































     25年ぶりに小学校から大場の家まで歩いたよ。
     学校からの帰り道よくここを2人で歩いたなって
     大場んちの方から帰ると俺遠回りなんだけどな。。。

6年のクラブ活動を決めるとき、「卒業アルバムにフォークダンス部に男って面白くね?」ってノリだけでフォークダンス倶楽部に入った俺たち(笑)
誕生日が1日違いの俺たち・・・
生きてたら今日が38回目の誕生日おめでとうなんだけどな